ここはぼやき庫裏じゃ。
おつきあい頂けますかな。

寒いのぅ 一本しかなかったTDミノーSP
ウォーターメロン 偉大なるセンコー様







寒いのぅ。



毎日寒い日が続きますのぅ。
この寒さでは黒鱒君達の動きもさぞかし鈍かろう。
まぁハイシーズンになればまたドッと押しかける黒鱒釣師を相手にせねばならぬゆえに、
冬の間だけでも休んで頂きたいものでござるな。

もうかれこれ25年以上前にもなりましょうか、当時は
「バス釣り」「夏」と思われておったような。
今考えれば笑うてしまうような話でございまするが、誠の話でござる。
拙僧が尊敬する御仁の1人に
西山徹氏がおりますが、氏は真冬の河口湖で次々とバスを釣り上げ、「冬のバス釣り」というものを見せて下さった。拙僧は当時寺子屋通いであったが、無茶苦茶シビレたことを覚えておりまする。

しかしながら、やはり冬はなかなか釣れんもんじゃ。
他の季節と比べれば間違いなく釣れる数は少ない。
そんな中、冬バスに関して各誌の大見出しは如何なものかのぅ。
「冬のビッグバス攻略法」の表紙はもう見飽きてござるわい。
確かに冬季捕獲される黒鱒は大きい傾向にあるのは事実。大型の固体は代謝の関係上それだけの栄養を必要とする。皆が釣りをしやすい浅場に厳冬期に居残れる黒鱒は体力のある大型が多いのもまた事実。
しかしながら、毎度毎度のあの大見出しにはいささか食傷気味で御座いますな。
売れてナンボで御座れば致し方なきことなのやも知れませぬが、さも容易に釣れるかの如き表現はあまり宜しゅうないかと存じます。
貴公聡明なる智慧を持ちて、冬の黒鱒と対峙して頂きたきもので御座いまする。

2003年2月10日(月)     戻る





一本しかなかったTDミノーSP。



面白いお話を致しましょうかな。
私が御世話になっておったスタジオの兄様からスズキ釣りに誘われましてな。
なんでもそこは無茶苦茶によう釣れる場所と聞いて喜んでついていったんじゃよ。
夜の10時くらいからゴムボートを出し、二人で東京湾の某ポイントに向かったんじゃ。

「この辺りは座布団くらいのエイがウヨウヨいるから落ちたら死ぬで〜」

などと言いながらゴムボートを揺らすもんじゃからビビッちまった。
( ̄▽ ̄;
イカ釣り漁船がすぐ脇を通ったりして、こっちのゴムボートは電気がついてないんだから轢かれちまうぜよ。
そんなこんなでポイントに着くまでに、もう疲れきっておったわい(笑)。

到着したポイントはどんな場所かと申さば、とんでもなく馬鹿デカイ排水溝が凄まじい勢いで水を吐き出している怖い場所。岸壁からの照明が多少はござったが、やはり視界が悪くての。
ゴォーゴォーと唸る排水の音がさらに恐怖心を煽ったわい。

ワシはスズキ釣りはほとんどやらぬゆえ、シンキングミノーなんざ所持しておらず、仕方がないのでTDミノーSPをセットした。隣りで兄様はCDラパラ9pRHをセット。当時のスズキ釣りルアー超定番モデルでござるな。

そして、いよいよそれがしの第一投。

排水溝に向かって
「ぴゅるる〜〜〜っ」
そしたらいきなり
「ガッツ〜〜〜ン!!!」ときたもんじゃ。
よっしゃよっしゃで50up。

隣りで兄様は「来てよかっただろ〜♪♪」とご機嫌じゃ。

調子に乗って第二投目。
「ぴゅるるる〜〜〜っ」
そしたらまた
「ガッツ〜〜〜ン!!」じゃ。
あれまあれまで、また50up。

兄様チョッと驚きぎみ。

そんなこんなでワシが7.8本釣ったところで兄様はルアーチェンジ。
CDラパラ9pオレンジ金。


……………しばらく時が経ち……………


なんやかんやとワシは調子よく釣れ続け、20尾近う釣ってしもうた。
しかし、兄様は0尾………。

ここで兄様またルアーチェンジ。
CDラパラ9p金黒。

兄様が段々怒ってきているのがよう分かった。
ワシが釣るたびに
「マジで!?」「マジかよ!!」と唸り、
布袋顔が般若面になっていく過程が暗がりでもよう分かった。

私が30尾以上釣った時点でも兄様は0尾………。
同じボートで同じ排水溝に投げているにも関わらずじゃ。

「●●●パターンが炸裂!」とか、「●●ルアー爆発!!」など、雑誌でよう目にする言葉で御座るが、偶然やもしれぬし、だいたい
「このルアーだけしか釣れない」などという事があるわけがない。
と信じておった。
が、この状況ななんじゃ。このルアーしか釣れんではないか。
すでに隣りの兄様からは一言の言葉もなく、タマに鼻をすする音が聞こえるのみ。
こころなしかボートが小刻みに震えておったように感じたわい。

ワシはもう心の中で、
「スズキ君達よ、頼むからもうワシのルアーは相手にせんでくれ〜〜」
「エイに刺されて死にとうはないんじゃぁ〜〜」

と叫び続けておった。

途中でキャストを中断しようかとも思うた。しかし、なにか余裕をかましておる様で嫌じゃったし、
「これ使ってみます?」と、一本しかないTDミノーSPを貸そうかとも思うたが、
「ナメんじゃねぇー!!」と殴られそうじゃったし。。。
いまさら
「釣れないっスね〜」などという洒落が通じるゾーンは遠に過ぎており、言おうもんならワシは間違いなくエイの毒針にて討死でござったろうよ。

ゴムボートというほとんど肩も触れ合うような密空間で、およそ3時間。
ワシの戦果は40尾をゆうに超えてしもうた。


兄様は………0尾。


同じボート、同じ時間、同じポイント。何が違うんじゃ!

「ルアーだけじゃん…( ̄▽ ̄;」

引き方か?
んなもん兄様はとっくに横目でワシを見ながら、リズムも距離も合わせておったわい。
途中何度もラインが交差するくらい同じポイントに投げておったわい。

「やっぱルアーだけなんじゃん…( ̄▽ ̄;」

ルアー釣りを始めて四半世紀、あれほど
「釣れて欲しくない」と思った事はなかったのぅ…。


帰りのボートで兄様が無言でエレキを回していた横で、よしゃぁいいのに遊びで投げておったワシのルアーに、何者かが真っ白い腹を翻して直下から突撃してきおったんじゃ。


ヒラメよ……。


「ブァレてくれぇーー!!」
心の中で絶叫したのぅ。

運よく?掛かりが浅く、3.4回ロッドを絞り込んで去って行きおった。
あのまま掛かっておれば、ワシはおそらくタックルごと海に落とし、
「ヤベッ、落っこどしちゃいましたよ〜〜エヘへ ( ̄▽ ̄;」
などと笑いながら泣いておったことで御座ろうな。


しかしまぁなんじゃ、
「ルアーがハマる」っちゅう話は誠なんじゃのぅ…。

2003年2月17日(月)     戻る





ウォーターメロン。


ワームの色っちゅうもんも、種類が多くてわけ分かりませんのぅ。
貴公は如何ようにして使い分けておられるのかな。

水が澄んでおったらスモークかクリア?アクセントでラメ、ゴマ塩?
濁っておったら黒かチャート?はたまたグリパン、モーターオイル?

まぁ色々と御座りましょうが、なんと言っても多くの御仁がお好きな色が御座ろうよ。
左様、
ウォーターメロンで御座るわ。


昔々、四半世紀以上昔。。。
ワームの定番色は
「紫」で御座った。
それはもう、みんなして呪文のように
パープルパープルパープル(笑)
まず売れ筋No.1は
「紫」で御座った。
次に人気は
「赤」いちごの匂いつき♪な〜んて書いてあったりしてのぅ。
勿論
パープルブドウの匂いつきじゃ(笑)。

誠に懐かしゅう御座る。
赤系に続き青系が人気だったと記憶しておりますな。
何度も何度も蛍光灯に透かして見上げておったもんじゃ。
「これがバスの視点だぞ〜!」なんてはしゃぎながらのぅ。

まぁ人気色はこんなところで御座ったが、んじゃ毎度毎度どこへ行っても売れ残っていた色は何か。
ぶっちぎりで
「ウォーターメロン」じゃ(笑)。次いでグリパンや茶系統の色が残っておった。

「こんな色はバスには見えないぜ〜」とかなんとか言っとった。

次に残っておったのは
クリア、スモーク系。まぁこれも似たような理由でござる。
そして
チャートがそれに続く感じでござった。

数少ない昔の専門誌の写真にも、ワームと言えば
パープルレッドブルー
それはもう圧倒的に。

まぁ
パープル系は今でも根強い人気があるようで御座るが、昨今定番色と言われているその多くは、いつでも売れ残っていたように思いまするな(笑)。
とにかく
「ウォーターメロン」。こやつだけは極端に売れ残っておりましたわ。
そんなわけでワシのワームBOXは
のジェリーワームだらけで御座った。

しかしある時、それはそれは古くて汚いジェリーワームが安売りしてましての。
ワームオイルが台紙に染み付き、グチョグチョになっていた売れ残り品。色は勿論
ウォーターメロン
貧乏小学生だったワシは、使わないと思いつつも安さに負けて購入してしもうた。

しばらくして友達を誘い父者の車で相模湖へ行った時のこと。今となっては笑うてしまうが、その頃はほれ、バスは富士五湖と芦ノ湖にしかおらぬなどと言われておった時代でのぅ。大衆はバスと申さば京成バスくらいの認識じゃった。

友達と一緒にボートに乗りこみ釣り開始。
勿論ルアーは
のジェリーワームじゃ(笑)。
しかし半日やっても1尾も釣れず、こりゃヤバいと
に交換、しかし釣れぬ。お次はじゃ、だが釣れぬ…。
そこは小学生の餓鬼共じゃ、そこまで釣れなくなれば当然飽きてくる。
3人もボートに乗っておればギャーギャー大騒ぎで釣りどころではなくなって遊びだしたのぅ。
そんな中、私は何気にワームBOXを開けた。
端ぃ〜っこに佇んでいる
ウォーターメロンカラーのジェリーワームと目が合うた(笑)。
とりあえずセットしたら、
「そんなん釣れねぇ〜よ〜」と馬鹿にされよった(笑)。
で、投げてみたら5.6投で釣れてしもうた。
「おお〜〜」ってなぐあいで3尾捕獲成功。

こうなると子供だけに変な意地はなく、その釣れ釣れぶりをみてすぐに「ちょーだい、ちょーだい」攻撃が始まった。
ワシは餓鬼の頃からセコかったので、
「紫と交換な!」と迫り、しぶしぶを差し出した友達とともに、ウォーターメロンで結構釣ったんじゃ。

しばらくして千葉県の雄蛇ヶ池にバスがいるという情報を得たので、安売りの
ウォーターメロンを買い増した。
ほんならまたしても結構な数のバスが釣れた。

「この色って釣れるのかも」

そんなこんなでワシら餓鬼共の間では
ウォーターメロンカラーが定着し何年か過ぎたのじゃが、
相変わらずこのカラーはどこでも売れ残っておったわい。

ではいつ頃から
ウォーターメロンカラー“よく釣れる色”として認知されたので御座ろうか。
ワシが思うに、今江克隆氏の
「ウォーターメロンカラーはどこのバスでも嫌がらない」発言が流行に火を付けたのではないかと思われる。
まぁこれに関しては、様々にご意見がおありかと存ずるが、あくまでもワシの主観ということでご理解頂きたい。

それからというもの、売れ筋No.1は文句なく
ウォーターメロンで御座ろう。次にグリパン、茶系統でござるかな。
当時のワーストカラーが今では超定番カラーじゃ。面白き世の中じゃのぅ。

今江氏がいつ頃から
ウォーターメロンカラーの威力に気付いておったのかは存じませぬが、もしかしたらワシ等餓鬼共のほうが早う気付いておったのやも知れませぬな、フォッフォッフォ。

2003年2月18日(火)     戻る





偉大なるセンコー様。


池原ダムがロクマルフィーバーに沸き始めた頃、定番ルアーは
「センコー6in白」だったように記憶しておりまする。
ある日、某有名団体の試合に出場しておる仲間と、その後輩等と話をする機会がありましてな、話の途中でセンコー様の話題になったので御座るわ。
ワシの仲間(以下 タカシ)が、後輩(以下ケンジ君)から質問されよった。

「タカシさ〜ん、なんでセンコーってそんなに釣れるんすかねぇ?
池原のデカイのみんなセンコーじゃないすかぁ〜」


それに対してタカシは、
「センコーはフォール中に微妙に尻を振っているんだ。あの僅かな動きが効いてると思う」
などとほざいておった。
それからタカシは何かの本で読んだのであろう受け売り知識全開でセンコー様について熱弁しよった。
やれ動きがどうの、それに合ったロッドがどうのと。
ひとしきり猛舌した後、タカシはワシに意見を聞きおった。

「みんな使ってるからじゃねぇ〜の」とワシは答えた(笑)。

確かにセンコー様は、色々な意味で善いワームだと思うので、ワシも大変にお世話になっておりまする。
しかしながら、ワシが使う理由は細かい動きがどうのこうのでは御座らんのじゃ。
大型のバスがよう釣れる理由を、細かい動きに求めることがまったくもって理解出来ぬ。
多くの御仁等が使用すれば自ずと釣れる数も多くなろうし、それほど多くの黒鱒を捕獲すれば大型も混ざってこよう。
要は、ワシも含めてなにゆえ斯様に多くの御仁等が使いたくなるのか…。
それが肝ではないかとワシは愚考致しまする。

「黒鱒く〜ん、やっぱあのフォール中の微妙な尻振りに堪らず食っちゃうわけ?」

ワシが河童ならば是非とも黒鱒君に聞いてみたいところである。
しかしながらワシにはその様な力は御座らぬ。

確かに尻の振りも関係しておるのやも知れませぬ。プルプルと誠に艶かしく刺激的な動きを致します。
(まぁそれも人間の感覚でござるがのぅ(笑))
動きがいい!カラーバリエーションが豊富!
しかし、それだけでは全国津々浦々の釣師達の心は掴めませぬな。

釣れるから!!
それはその通りで御座りましょう。実際によう釣れまする。
ではなにゆえ釣れるのか、微妙な尻の振りゆえか…(笑)。

一見ただの棒に見えるこのワーム。定番リグとしてはやはり
「ノーシンカー」で御座いましょう。
ここでノーシンカーについて少々弁舌させて頂きとう存じまする。

ワシのようなバス釣り凡人でさえも「なぜかノーシンカーはよう釣れる」と思いまする。
何を投げても、何を引いても相手にしてくれなんだ黒鱒君達が、目の前を
「ホゲ〜〜」っと沈んでいくノーシンカーワームには迷わずパクリ。なんて事は日常茶飯事で御座ろう。
人によってはクランキングに絶対の自信を持つ御仁もおれば、シャッドのリアクションで食わぬ黒鱒はおらん!とか、スローロールこそ最強!などなど、様々な御仁がおられることでしょう。
では何ゆえ朝イチからノーシンカーワームを一日中投げ続ける御仁等が多いのか。
子供達などは特にその傾向が強う御座います。

あの子達には受け売りの安知識などは無用の長物。
「とにかく沢山のバスを釣りたい!」
純粋に左様思っておることで御座りましょう。
そして彼等が彼等なりに出した結論が、
右手にダウンショット左手にノーシンカーでござる(笑)。
童ゆえに主戦場はオカッパリ。必然的に使えるルアーも限られる。その結果の右手と左手じゃ。

ダウンショットをズリズリする。釣れなければソレっぽいところにノーシンカーをポチャリと落とす。
そして移動。
実に潔いではござらぬか。
シャッドのリアクションなら獲れた魚もおったやも知れぬ。しかし左様なことはあの子等には関係のないこと。
「とにかく1尾でも多くのバスを釣りたい」
少なくともワシが幼少の頃はこれでよう御座った。

確かに何も考えず、ダウンショットやノーシンカーばかりを投げ続けるのはチイとばかり面白みに欠けるし、発想も貧弱になる。しかしながら子供達は正直じゃ、なんだかんだと言っても釣れ易いのは何かをよう分かっておる。

ただよう釣れるからといって職業黒鱒釣師の御仁等がノーシンカーやダウンショットのみに固執しないのはなぜか。
「勝てないから」それだけの話でござる。
少々荒っぽい物言いをさせて頂けば、そのてのライトリグで釣れる確立が高いことは百も承知。
当然の確率論のさらに上の上で凌ぎを削っておられるのが職業黒鱒釣師の御仁等であるがゆえに、多種多様な技術やそれに付随するルアーが必要になってくると思う次第で御座います。

大分話がそれました由、話をセンコー様に戻しまするが、
私が無い智慧絞って愚考致しますに
「センコー様の飛距離をもって、あのホゲ〜〜〜が出来る」
これこそが一大ムーブメントの一翼を担っておると思えてなりませぬ。
今となっては「ブッ飛びノーシンカーワーム」などは沢山出回っておりまするが、ワシが幼少の頃は皆無でござった。
釣れ釣れノーシンカーをあそこまでブッ飛ばすことの出来るワームが無かった。
ベイトタックルでもお構いなしに飛んでいく強烈なワームが。。。

センコー様が発売される前は、ワームにネイルシンカーを入れ込んだり、フックにコイルオモリや板オモリを巻いたり、「はぁ〜面倒くせぇ〜」と思いながらも釣れる為ならばとネチネチやっておりました。
バス君達からしてみれば正に恐怖の動き。ラインのみにしか制約されぬこの誠に自然で
「ホゲ〜〜〜」っと水平に落ちていくワーム。こいつめをベイトタックルでどうにか遠くに飛ばせないものかと日々試行錯誤しておりました。

「遠くに飛ばせて悪いことなど一つもない、今までより絶対釣れる」
「ベイトタックルが使用可能になれば、太いラインが巻ける」
「今まで手がつけられなかったヘビーカバーの奥の奥に入れ込めれば飛躍的に戦果は上がる」

ワシが斯様なことに頭を悩ませていた時、センコー様が鮮烈なデビューを果たしました。

「これを待っておったんじゃい!」と、迷わず飛びつきましたわい(笑)。
それからというもの、偉大なるセンコー様は身分の分け隔てなく、お手軽気軽にバスを釣らせて下さった。

小手先の受け売り知識しか持たぬ者に、偉大なるセンコー様に秘められた真の力など分かるわけがない。
「枝葉を見て大樹に気づかず、支流を見て大海を欲せず」では、必ず商売猛者に食い物にされましょう。
これから先、黒鱒業界は益々飽和状態になり、己の求める黒鱒道を純粋に突き詰めて行くことが難しくなるは必定。ともに美しき流れの源を見紛うことなく精進して参りとう存じまする。

それにしてもセンコー様の御登場なくば、ワシの道具入れには未だ板オモリとコイルオモリが山盛りになっておったことでしょうな(笑)。
さてもその時代の先駆、センコー様は誠に偉大じゃった…。

2003年2月20日(木)     戻る