草創期の名将、I Love 新日本プロレス
弥勒
(みろく)
- 最高の大きさ
- 43㎝
- 好きなルアー
- パドル系ワーム、ラバージグ
- 嫌いなルアー
- 動かすのが難しいやつ
- 恐れている事
- また遠征に連れていかれること
- 自慢
- 免許取り消し2回
初め帝釈に無理矢理付き合わされていた黒鱒釣りだったが、後に多少は好きになる。しかし、度重なる帝釈からのシバキに耐えかね、出奔すること数知れず。
帝釈の故郷「長門国」への遠征に早い時期から参陣していたが、苦手とするリザーバーに苦戦。インレットに放ったVフラットへのリアクションバイトにより、目の前でアタックしてきた明らかに50オーバーの黒鱒君に動揺しバラす。よほど悔しかったらしく、今でも夜な夜な悪夢にうなされているらしい。初期の八郎潟遠征軍にも帝釈、不動とともに参陣し、「バカヤローあわせ」「アリガトーあわせ」などを開発。華々しい伝説を残した。
現在はミラクル出世を果たし、従業員100名を越える会社の社長就任。
黒鱒城総普請奉行
薬王
(やくおう)
- 最高の大きさ
- 0㎝(釣ったことなし)
- 好きなルアー
- 釣れそうなルアー
- 嫌いなルアー
- 釣れなそうなルアー
- 恐れている事
- このまま一生釣れないこと
- 自慢
- 家頁を4つ管理
黒鱒城築城を決意した帝釈に無理矢理拉致され、総普請奉行を押し付けられてしまった男。
イヤイヤ着手しながらも、黒鱒城の基礎をたった1日半で完成させたことから、「築城の鬼」としてZENJIN衆から恐れられた。その後、毎晩のように帝釈から城改築について聞かれることとなり、山に身を隠す。
築城においての卓越した才能とはウラハラに、黒鱒釣りは全くの素人。「今年こそは釣っちゃいますよ~~♪」と毎年吼えていたが、出陣回数ゼロのまま隠居遁世。技術面はまったくの未知数のままである。
同人会の伝道師、アンダーグラウンドの帝王
不動
(ふどう)
- 最高の大きさ
- 35㎝
- 好きなルアー
- 手ざわりのイイやつ全部
- 嫌いなルアー
- スピナーベイト。(あんな金属で釣れるわけがねぇ)
- 恐れている事
- 健康診断。(肝臓悪し)
- 自慢
- 著書「おやじイズム」の発売
帝釈のバイト先に入社したことから、ダマされて黒鱒釣りを始める。
初めて出陣した黒鱒釣りで見事に釣り上げ少しハマるが、その後すかさず道具紛失。2002年7月、帝釈、弥勒と共に第一回八郎潟遠征に出陣。なんと手ぶらでの強行を果たした。しかし他人の道具で釣りまくり3年間のブランクを克服する。
その温和な人柄は誰からも愛されるが、私生活にイロイロと難あり。それゆえの所為か、酒を飲むと電柱に向かって話しかけたり、墓石に喧嘩を売ったりできる人に変身する。TEAM-ZENJINゼネラルマネージャー。
帝釈の初弟子
明星
(みょうじょう)
- 最高の大きさ
- 45㎝
- 好きなルアー
- ガンタージグ&エスケープパドル
- 嫌いなルアー
- 水面硬擬餌系全般。(釣れる気がしねぇ)
- 恐れている事
- 離婚
- 自慢
- 妙音の一番弟子であること
「我こそは帝釈の一番弟子也!!」などと剛語し、先輩の機嫌をとるのが実に上手い男。後に帝釈をして『伝家の宝刀』と言わしめたセンコーの威力に、事実上もっとも早く気付いていた男でもある。
弥勒と並んでZENJIN草創期の武将として活躍していたが、知り合って1ヵ月、付き合って1週間で結婚。「ヒットルアーは愛」という名言を残し、出羽国へ婿養子として旅立つ。その後、出羽国に屋敷を構えたことからB.File衆に目通りし、八郎潟の陣で一時戦線に復帰するも、近年のハイプレッシャー化により、己の釣りスタイルが通用しないと悟った彼は再び戦線を退いた。
毒舌大魔神、究極のセコ釣り王
孔明
(こうめい)
- 最高の大きさ
- 48.5㎝
- 好きなルアー
- サターンワーム4in
- 嫌いなルアー
- 世の中のハードルアー全て
- 恐れている事
- 女子職員にセクハラで訴えられること
- 自慢
- 禁煙に一年半も成功したこと!(現在は復帰中)
その歯に衣着せぬ物言いは、まさに“毒舌大魔神”。
小学2年の時に行った鯉の釣堀で釣りに開眼。以来、ハゼ、ヘラ、渓流でのFFを経て、現在は黒鱒一本。
小山隆司公の御家芸である“スプリットショット”のテクニックに早い時期から注目していたが、後に出る名作ビデオ『究極のスプリットショットシリーズ』を見て、“この御仁こそ我が師なり”と心に決める。
ちなみにアンチイマカツの急先鋒としても有名。
JBCCに参加していた同僚を見て、「あんなヘボ野郎がプロならワシは神じゃ」と剛語し、自身もプロ登録をしていた時期があったようだが、試合規則や限定された場所での釣りに窮屈を感じ、僅か2年で脱退したという。
“究極のセコ釣り王”を自称するところからもハードルアーを全く信用しておらず、「黒鱒釣りはダウンショット5年、ノーシンカー5年、スプリットショット10年で一人前である」と語り、大会賞品などで人気ハードルアーをゲットしても、「ワームくれよワーム!!」と大シャウトするそのおそるベき胆力は他を圧倒するに余りある。
座右の銘は「清濁併せ呑む」。
“オレは曲がったことが大嫌いだ!”とか言う人間が大嫌いで、無理にでも曲げさせられるので要注意。
屋敷が帝釈の近所だったことが災いし、2006年1月19日イヤイヤ仕官
Mr.サイトマン(自称)
VAN蔵
(ばんぞう)
- 最高の大きさ
- 50㎝
- 好きなルアー
- 軽量ラバージグ、小型ワーム、ホグ系ワーム
- 嫌いなルアー
- バイブレーション。(ナンボ考えても釣れる気がしない!)
- 恐れている事
- 孔明殿のセコ釣りに圧倒されること
- 自慢
- 一応ゴーマルを捕獲したことがある
バスをよく見つけるが、バスからもよく見つかる男。
初黒鱒を手にするまでに約5年を要したという苦労人で、得意技は“サイト&スモールラバージギング”。たった1尾の小黒鱒相手に3時間以上も格闘できる精神力は、5年間に渡る「デコっぱち人生脱却」への強い執念と労苦によって培われたもの。その強い精神力もさることながら、彼の真骨頂はオリジナルラバージグ製作に尽きよう。未だ発展途上ではあるが、筋のいいジグを作り出している。
各トーナメントにも興味があるらしく、バスプロの中では“サイト王”庄司氏と“ミドストのプリンス”相羽氏を尊敬している。しかし過去に今江克隆氏を崇拝していた経歴が、師である孔明に発覚。師からの“アンチイマカツ毒舌ミサイル”に屈して鞍替えしたという噂もある。
2005年12月16日、忘年軍議にて正式仕官